2012年5月17日木曜日

脳の信号でロボットを操作する Vol.2

いすに座る被験者。頭部から出るコードはコンピューターにつながる。キーボードは操作していないのにディスプレー上のカーソルが動く。大阪大学医学部の脳神経外科で進むBMIの実験の様子だ。同大学病院の倫理委員会の承認を受けて吉峰俊樹教授や平田雅之助教、慶応大学の研究者らが取り組む。  被験者は脳卒中後、手足の筋肉や関節などの痛みに悩む患者だ。頭蓋骨(ずがいこつ)を開いて脳の表面に電極を載せ、電気刺激で痛みを抑える治療を受けている。1cm間隔で計20個電極を並べたシリコンシートを使う。電極で脳の信号を読み取りBMIに応用した。イメージしやすく特徴的な信号を得やすい「パー」「グー」「チョキ」「ひじを動かす」の4種類の行動を被験者に思い浮かべてもらい、カーソルを操作した。4種類がそれぞれ左右上下の動きに対応する。  「患者のコミュニケーションを助けたい」と吉峰教授は力を込める。神経の異常から全身の筋力が衰える筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの患者は体が動かず言葉も発せられなくなるが、脳は十分に働く。BMIで脳の信号を読み取り機械を通して意思を伝えられれば、患者の生活を大きく改善できる。  大阪大のグループは被験者に手を動かしてもらい、その時の脳からの信号でロボットハンドを同じように動かすことにも成功した。 ただ、電極の改良や信号読み取り精度の向上など課題も多い。吉峰教授らは電極を2・5mm間隔に並べて従来の16倍に数を増やした装置を開発、精度を高める計画だ。無線で信号を送れるように無線機や電源を体内に埋め込む構想も描く。 同教授は「10年後には医療・福祉現場でBMIが実用化するだろう」と期待する。  国際電気通信基礎技術研究所(ATR、京都府精華町)は米デューク大学などと、遠隔操作で人の思い通りに動くロボットの実現をめざす。サルの歩行時の脳の信号をもとに、二足歩行ロボットをサルの分身のように動かす。サルの歩行と同じリズムで、宙づりのロボットの足を動かす実験に成功した。  もっとも、サルとロボットでは体の大きさや触れる地面の状態が異なり、同じ信号を与えても歩き方は違ってしまう。脳の信号をもとにロボットの状態や体に合わせて歩行リズムを調整する手法を開発し、さらに実験を進める。  京都大学大学院心理学研究室の櫻井芳雄教授らは、脳機能の仕組みや年齢との関係に関する研究を始めた。ラットを使った実験では脳神経細胞の活動に差がなく、脳は「老化」しにくいことがわかってきた。老齢ラットの運動量が30分で若年ラットに比べ大きく落ちたのとは対照的。年をとって体の自由が利かなくても、BMIを使えば若者並みに働ける可能性がある。  理化学研究所とトヨタが脳研究のために設立した理研BSI-トヨタ連携センターの木村英紀センター長は「脳と運転、それに高齢 化との関係を調べたい」と話す。BMIによって脳波で電動車いすを動かす実験に成功した。10年以上先を見すえ、老化の運転動作などへの影響を調べて危険防止策などに生かす。  電極を脳神経に刺すなどの「侵襲型」は信号を得やすい一方で、実用化しても患者や被験者を傷つけなければならない。頭の表面に電極を付けるなど傷つけずに済む「非侵襲型」が便利だ。しかし皮膚を通して信号を受けるため雑音が多く測定や解析がしにくい。「将来、侵襲型で得た知見を非侵襲型に生かせば応用先は広がる」とATRの森本淳ブレインロボットインタフェース研究室長はみる。  脳の働きは人間の行動や心の状態を左右するだけにデリケートな問題もはらむ。BMIが発達すれば機械によって、麻薬などのように一時的に脳の機能を高める方法なども開発され、適正な使い方の問題が出てくるかもしれない。  木村センター長は「体内に機械を入れることの是非も含め、倫理面の議論がいる」と指摘する。新技術を社会がどう受け入れるか真剣に考える時が迫っている。 (日本経済新聞 2009年9月27日掲載

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