2013年4月5日金曜日
PCの肖像権とaicola写真画像の行方
写真には著作者の権利と肖像権の権利が付与されることとなっています。 しかし無尽蔵に作り出さされる写真画像の前に一億総著作者の権利を主張されれば、本来あるべき写真の公共性の自由、共有性の自由にも制限をさせる事態となってきます。 ここは写真の持つ自由発展性に鑑み著作権と肖像権は制限を受けるとの解釈が正しいと判断されるべきでしょう。 つまりaicolaなどの写真は製作者の発想などに大いなる発言権を与えるべきと考えます。 現行の法判断にも一定の憂慮を与えるものとなります。
これらのことは現在違法行為となっている法整備に対し厳しく対峙していかないと考えます。
法判断は時代の流れに逆らって考えられません。 PCの世界は文字から写真 スライド ショーと進み動画にたどり着くことは明白です。 重要なことは動画の前に写真の時代を経過しないと動画の時代はやってはこないと言うことです。 必ず動画の時代の前に写真の時代が来るという確信があります。 ますますPCの持つ性能が上がり写真の貯蓄にも無制限な時代がきております。 時代に合った新しい考え方をする人間が増えることを確信します。
Aicola写真などにも日の当たる日々が近づいてきたという実感を与える時代がついにやってきたのです。
また何が猥褻なのかについても討議を時代にあってしなければいけないと考えます。
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